2023年台湾旅游/猫のいる家に帰りたい

 タイトルは仁尾智先生の歌集から。猫愛のあふれる御本で、共感しながら読ませていただいたのだが、あらためて読み直そうとすると見当たらない。ひょいっとどこかの棚の隙間から出てくるに違いないのだが、手元になくて申し訳なく思う。買い直そうかな…。

さて2023年を振り返りたい。

■今年掲げた目標について

今年は①台湾に行くこと②車の運転をすること、この2つが目標だった。①は達成できたが、②は結局実現しなかった。

①台湾に行くこと

5月と11月に、二度も行った。中国語はいつまでたってもおぼつかないが、台湾の方々の優しさに甘えて日本語とカタコトの英語と、ほんのちょっとの中国語で美味しいご飯と美しい風景を満喫できた。今も新年の台北を一目見んとyoutubeの台北ライブカメラを流している。台湾は小松空港から3時間で行ける楽園だった。

11月の台湾旅行では、最終日は一人でホテルに宿泊し、翌朝3時に起床して朝6時25分の飛行機で小松に帰るというミッションに挑戦した。無事帰れたのは私の語学力でもなんでもない。宿泊したホテルのフロントの方が日本語が堪能で、とても親身に対応してくださったからである。

午前4時に桃園国際空港に向かうタクシーを手配していただいたのだが、出発直前にタクシーが現金の支払いしか受け付けていないことが判明した。クレジットカードが使えるものと思い込んでおおよその現金を使い切ってしまっていた私は非常に狼狽した。帰国できないのか―?!するとフロントの方はタクシーの運転手さんに歩み寄り、少し会話を交わしたあと私に向かって微笑んだ。

「大丈夫です。ホテルのフロントはクレジットカードが使えますから、タクシー料金はいまここで、クレジットカードで払いましょう」

神よ!!!

早朝というにも早すぎる時間に、こんな面倒な日本人客を笑顔で見送ってくれたフロントの方。なんて素晴らしいんだろうと胸が熱くなった。原鶴ホテルのスタッフの皆様、あのときは本当にありがとうございました。

しかし海外から一人で帰国するのは期待より不安がまさり、無事帰ること以外何も考えられなかった。昔一人でウラジオストクに行って帰ってきたときはこのような不安を感じていなかったような気がする。年齢のせいだろうか。強い向学心などを持たないと、海外一人旅は困難なのではなかろうか。

②については、今年1年ハンドルを握らなくてもどうにかなってしまったので、今後も車の運転などできる気がしない。来年は目標にもしないだろう。よく免許が取れたものだとつくづく思う。

■ウメ子先生について

2021年1月1日のお姿

2023年11月29日、老衰のためウメ子先生が永眠された。享年19歳だった。

10月半ばに腎臓病であることが判明したが、その後もいたって普通に生活されており、踏み台も使わずベッドに飛び乗り、ご飯もトイレも自力でできていた。それが亡くなる2週間ほど前から急に足腰が弱り始め、耳が遠くなり、トイレも寝たままするようになって、栄養と水分の補給のため動物病院に点滴に通うようになった。最後はすうっと息を引き取った…と、父から連絡があった。亡くなったのは、私が仕事中のことだった。急いで帰宅すると、ウメ子先生はまた起きられるのではないか、という自然な姿で横になっておられた。

大乗寺山のペット霊園で立派な葬儀を行っていただいたのだが、お骨は指の第一関節まできれいに残っていて、ひびの一つも入っていなかった。階段から落ちたことは直接影響がなかったのだと改めて思った。猫の19歳は人間の92歳に相当する。最後の日もおしっこができていたので、腎臓は患っていたが天寿を全うした、というべきだろう。立派な猫生を送られたと心からたたえたい。

ウメ子先生も頑張ったし、人間一同もできることはやれたと思う。

後悔はないが、ウメ子先生のいない日常はひたすら空虚なのだった。先生のお世話をしていた時間を他にあてられないか、と自分に問うがまったくやる気が湧いてこない。旅行に出ようかと考えてはみるものの、具体的なイメージがまるで浮かばない。「ウメ子先生がいないから」が起点では、その先が全く進まないことに気がついた。私は旅に出たら、ウメ子先生の待つ家に帰りたかったのだ。

おかげさまで職場ではたいへん気にかけていただいている。良い職場である。子猫の譲渡会情報など、保護猫情報が次々LINEに入ってくるし、この年末は各所から猫カレンダーばかりいただいてしまった。ありがたい。

猫様は授かりものなので、今後のどうなるかはわからないが、猫なしの人生はもう選択肢にないように思える2023年の大晦日なのだった。

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